1:Z級:2012/10/08(月) 12:04:57.09 ID:45U1MmZF0
自覚したのは三日前、
虫に噛まれたわけでもない。
僕はそれを放置していた。
そして今朝、目が覚めると、
そこからキノコか何かのように
小さな女の子が生えていた。
少女は全裸であったが、
鎖骨の少し下あたりからしか生えていなかった。
そのため大事な部分は隠れていた。
2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:05:16.83 ID:/xiIr2WR0
3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:05:23.25 ID:OIMnqPOi0
4:Z級:2012/10/08(月) 12:05:44.94 ID:45U1MmZF0
少女は申し訳なさそう頭を下げた。
僕は驚いて、少女を観察する。
黒髪の綺麗な、清純そうな少女だ。
観念して言ってしまえば、
僕の初恋の女の子にとても似ていた。
初恋は小学一年生の時で、
その子の顔なんてろくに憶えていないのだけど。
生えてきた女の子は十代ぐらいに見えた。
8:Z級:2012/10/08(月) 12:06:27.34 ID:45U1MmZF0
それとも救急車を呼ぶべきだろうか
僕は真剣に悩み、とりあえずシャツを脱いだ。
少女がシャツの中、もぞもぞと息苦しそうにしていたからだ。
「あの」
「……喋ってる」
「あの、聞こえますか?」
「聞こえてますよ」
少女は声が届いていると知り、微笑んだ。
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:07:05.22 ID:qPf2q94Z0
12:Z級:2012/10/08(月) 12:07:11.37 ID:45U1MmZF0
「胸上占拠だ。胸上不法占拠だ」
デモをおこしてやろうかと考える。
自分の体の上の土地は、一体誰のものなのだろう?
ふとくだらないことを考える。
その土地を買った覚えはないが、
僕のものであるべきだろう。
「君は何なんだ?」
気になっていたことを尋ねる。
15:Z級:2012/10/08(月) 12:08:14.32 ID:45U1MmZF0
「あのね」
「私を責められても困りますよ」
突然、強気で少女は言い出した。
僕は気が弱い。
小さな少女が少し語気を強めただけで驚く。
「なんで」
「気付いたらここに生えてたんですから」
「僕は生えられてたんだけど」
「それにですね、考えてみてください」
「考えよう」
「あなたは左胸が少し重くなっただけです」
「……それだけかな?」
いまいち納得がいかない。
彼女が生えてきたことによって、
より多くの損害は生ずる気がする。
18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:08:46.48 ID:mOkaFIgn0
20:Z級:2012/10/08(月) 12:09:02.06 ID:45U1MmZF0
「……そうだね」
「私のほうが損害を被っています」
「……そうかな」
「そうです」
押し切られてしまう。
21:Z級:2012/10/08(月) 12:09:59.66 ID:45U1MmZF0
突然少女は慌てだした。
「どこに電話するつもりですかっ?」
「どこって……病院」
この状況で時報を聞いたり
出前をとる人間がいるならば教えて欲しい。
「やめてくださいよ」
「何で?」
「私、切除されちゃうじゃないですか」
「ああ、確かに」
「というわけで、一度落ち着いて」
「落ちついた」
「携帯をベッドに投げましょう」
何故か言いなりになり、
僕は携帯をベッドに投げた。
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:11:29.74 ID:oM+LYepcO
25:Z級:2012/10/08(月) 12:11:32.26 ID:45U1MmZF0
「僕は君の言うとおり、携帯を捨てた」
「まずはそこに座ってください。汚い部屋ですが」
「僕の部屋だ」
失礼な少女だ。
体のサイズに見合わず、態度はでかい。
「僕に医療の知識はない」
「そうですか」
「だから、君が悪性の腫瘍でないという確信がない」
「人をがん細胞みたいに言わないでください」
失礼な、と少女は頬を膨らませた。
「君が悪性の腫瘍でないと言うのならば、だ」
「はい」
「僕に君が何なのか、説明して欲しい」
「説明ですか」
「うん、それに僕が納得すれば」
「すれば?」
「119は諦めよう」
27:Z級:2012/10/08(月) 12:13:00.14 ID:45U1MmZF0
偉そうに腕を組んでしばらく考えていた。
僕は秋の朝特有の寒さに少し寒さを感じた。
何しろ、少女を気遣ってシャツを脱いだのだ。
風邪をひきそうだと本気で心配になってきた頃、
少女はようやっと口を開いた。
「私はですね」
「うん」
「妖精さんです」
「うん?」
「あなたの心臓から生えてきました」
「うえ、これって心臓まで根付いてるのか」
引き抜けば心臓に風穴が開くのかもしれない。
そんなことを想像して、胸に寒気が走った。
「つまり、あなたの心の化身だというわけです」
「心臓と心ねぇ」
一文字違いではあるが
29:Z級:2012/10/08(月) 12:13:42.33 ID:45U1MmZF0
「懺悔って……うーん、そんなに大仰なことは」
「私はあなたの心です。自分自身に嘘はつけませんよ!」
「うーん」
見に覚えがない。
もちろん、二十年間生きてきた中で
悪いことの一つや二つはしてきた。
小さな悪事なら数えられないほどだろう。
しかし懺悔しろと心に言われるほど、
大きなことはしていないはずなのだ。
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:14:10.13 ID:G8+WZ06/0
34:Z級:2012/10/08(月) 12:14:29.61 ID:45U1MmZF0
少女は少し残念そうに小さく溜息をついた。
僕が見ていると気付くと、
すぐに生意気な表情に戻って腕を組む。
「本当に覚えはないなぁ」
「そうですか」
「心さん」
僕は彼女を心と呼ぶことにした。
「教えてほしいな」
何しろ、彼は僕の心らしい。
僕の記憶にないことも知っているはずだ。
僕が尋ねると、心はふんっと鼻息をはいた。
「私が知るわけないでしょ」
「えぇ……僕自身だってさっき」
「嘘だから」
「嘘かよ」
心臓やら心やら云々は全て彼女の嘘だった。
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:15:20.14 ID:G8+WZ06/0
38: 忍法帖【Lv=15,xxxPT】(1+0:15) :2012/10/08(月) 12:15:58.12 ID:2eIMd1iK0
35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:14:36.73 ID:faqGROo20
内心期待してる
39:Z級:2012/10/08(月) 12:16:08.06 ID:45U1MmZF0
携帯をとると、途端に心は慌てだした。
「早まらないで! まだ和解はできるはず」
「痛い痛い、地味に痛いよ」
ぽこぽこと、彼女は胸を叩くのだ。
両腕を精一杯使って、太鼓か何かのように。
「本当のことを言う気がないなら」
「言います、言いますから!」
切除だけは勘弁を、と心は両手を合わせた。
拝まれても、大して迫力がない。
42:Z級:2012/10/08(月) 12:17:59.95 ID:45U1MmZF0
僕が悩んでいると、携帯が鳴った。
着信だ。
メールの内容を確認する。
「あああ!!」
「うひぃ、大きな声出さないでください!」
「バイトだった。遅れる!」
僕は慌ててスラックスを脱いだ。
「うへぁわわわ、ちょっと女の子の前ですよ!」
心は慌てて両目を塞ぎ、苦情を告げるが、
どうしろと言うのだろう。
僕は心の苦情を無視して着替え、
彼女が隠せるようにワイシャツを着込んだ。
「狭い、暗い、息苦しいです」
「鋏で切られなかっただけでも感謝してほしい」
「喜んで我慢します」
僕はやむを得ず、少女を胸から生やしたまま、
外出をすることとなった。
45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:19:03.57 ID:eh41Xr190
47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:19:11.69 ID:G8+WZ06/0
48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:19:15.33 ID:JN+caROP0
49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:19:42.99 ID:f3h4Idgb0
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:19:44.78 ID:WQCKtbt50
56:Z級:2012/10/08(月) 12:20:24.02 ID:45U1MmZF0
注文をとる最中は黙っている心は、
僕が厨房に戻ると同時に愚痴を吐いた。
暑いだの、苦しいだの、
胸上不法占拠者にしては図々しい。
僕はその小さな声がバイト先の先輩に聞こえる度、
咳払いをして誤魔化した。
何とか午前中のバイトを終えると、
土下座をする勢いで店長に謝罪し、
午前であがることにした。
原動付き自転車に跨って発進し、
僕はそこでようやくクレームを告げる。
57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:20:31.92 ID:Hwe4nZxP0
59:Z級:2012/10/08(月) 12:21:47.97 ID:45U1MmZF0
「うわぁ、なんですか突然」
どうやら呑気なことに、
心は眠っていたらしい。
可愛らしいいびきをかく彼女を起こすのは躊躇われたが
心を鬼にする。
「バイト中は喋らないでってあれだけ言ったのに」
「あなたには分からないんです」
「何が」
「シャツの中という場所がいかに劣悪な環境なのか」
だったらそんな場所に生えてくるな、
と言いそうになる。
そういえば彼女は生える場所を選べなかったのだ。
しかしまぁ、僕も生まれる場所は選べなかったわけで
おあいこだろう。
61:Z級:2012/10/08(月) 12:23:21.89 ID:45U1MmZF0
これが夏場であったら、
彼女は失神ものだろう。
僕はそれから少しだけ汗のケアを熱心に
行うようになる。
とりあえず、シーブリーズは購入してから帰ろう。
と、心に決めた。
62:Z級:2012/10/08(月) 12:24:14.66 ID:45U1MmZF0
「わー、露出狂ですね」
「君がそうさせようとしてるんだ」
もしかしたら心はサディストなのかもしれない。
僕が右往左往する度、
シャツのしたで体を震わせて笑っていた。
今だって怒る僕を見て笑っている。
「あのね」
「分かりました。黙ります」
「ん?」
「黙りますから、切除だけは勘弁してくださいね」
歯を見せて彼女は笑う。
「ほら、今日も上手く行きましたし」
「上手くいったのか?」
「明日も明後日も、私が生えてても大丈夫ですよ」
自信ありげに彼女は自分の胸を叩いた。
「……」
不安しかない。
63:Z級:2012/10/08(月) 12:26:27.22 ID:45U1MmZF0
心の自信は、その日の夜に崩れ去る。
問題は入浴タイムにやってきた。
僕が服を脱ぎ、風呂場へ向かうと彼女は慌てた。
「ま、まさかまさか」
「残念ながら、入浴タイムだね」
「うわわわ、待ってください!女の子の前ですよ」
朝と同じようなことを言って彼女は目を覆う。
「そのまま耐えててくれ」
「待って待って、うへわぁあああ」
僕は小さな少女を胸に引っさげた、
非常に情けない姿で体を洗った。
68:Z級:2012/10/08(月) 12:27:40.96 ID:45U1MmZF0
胸元を洗おうとした瞬間、
ふと疑問に思う。
「あのさ」
「なんですか、終わりましたか?」
「終わってないけど、終わってないけど」
「なんですか」
「君は洗わなくていいの?」
「あ」
心は驚いて両手をどけた。
悲鳴をあげるかと思ったが、違った。
彼女は僕の胸の上に、
僕の顔を見る方向で生えていて、
体を捻らない限り、僕の鎖骨から上しか見えない。
70:Z級:2012/10/08(月) 12:28:32.61 ID:45U1MmZF0
「洗ってください。カビでも生えたら困ります」
「僕も嫌だなぁ、胸にカビが生えるのは」
胸から下がないので興奮することもなく
僕は小さな少女の体をごしごしと洗った。
ボディソープの泡で髪の毛を洗おうとすると
心は大激怒した。
76:Z級:2012/10/08(月) 12:30:09.96 ID:45U1MmZF0
僕は基本的に、バイトのない間は家にいる。
することもなくゴロゴロしながら、
時より昼ドラを見て欝になったり、
ゲームをして酔いに悩まされたりする。
心にとってそのどちらも面白くはないらしい。
僕がそんなことをしていると苦情を告げる。
「だったら君は何がしたいんだ?」
「そうですね」
彼女は顎に手を当てて
探偵のようにしばらく考えた。
「縄跳び」
「縄跳び!?」
予想以上に運動的で、
子供的なことを心が言うので驚いた。
「鬼ごっこも、水泳も、跳び箱も、部活も」
「ちょっと待て、君は僕を学校関係者だと」
「思ってませんよ、願望です、願望」
「無茶ばかり言うな」
「だったらデートでいいです。デート」
「デート?」
「はい、遊園地なら大丈夫ですよね?」
確かに、少し金を出せば遊園地には行ける。
しかし、その場合、
心は外からは見えないのだから、
僕は男一人で遊園地に来た寂しい人になる。
僕は必死に心の要望を断った。
78:Z級:2012/10/08(月) 12:32:23.84 ID:45U1MmZF0
「あのさ」
「はい」
「まさかとは思うけど」
「まさかとは思うけど?」
「君は僕に寄生した何かで」
その時点で突拍子もない話だ。
心は眉を寄せた。
「放っておくと君は成長して」
「成長して?」
「栄養を吸い取られた僕は縮み」
「……展開が読めました」
「僕と君の立場は入れ替わってしまうのでは」
「あのですね」
「はい」
「小説の読みすぎです」
「そうですか」
まあ、冗談のつもりで言ったのだが。
80:Z級:2012/10/08(月) 12:34:53.62 ID:45U1MmZF0
僕は心を抱いて脇役の毎日を送る。
僕と心は何だかんだ些細な喧嘩をしながらも、
上手く共同生活を続けることができた。
気付けば彼女が生えてきてから一月が経っていた。
僕はカップラーメン前に三分間耐え、
やっとありつけたそれに舌鼓を打ち、
ついでに心に餌やりをしておこうと、
シャツを捲った。
いつもなら食べ物の匂いにつられて
元気に口を開けているはずの心が、
その日は何故か、
ぐったりとしていた。
81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:35:31.53 ID:erGluTr/0
82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:35:43.38 ID:qPf2q94Z0
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:36:32.31 ID:FkJn5goV0
87:Z級:2012/10/08(月) 12:36:45.85 ID:45U1MmZF0
検索をかけてもあるはずがなく、
僕は彼女が目覚めるまで祈ることしかできない。
貧乏性が故か、そんな状況でもラーメンを食べ尽くし、
心の目覚めを待った。
真っ白だった心の肌が、
心なしか少し、茶色にくすんでいた。
その色を見て僕は直感する。
これは、あれだ。
植物が枯れる前兆に似ている。
小学生の頃、
僕は一人一鉢の植物をすぐに枯らしてしまう
典型的な世話下手な生徒だった。
だからその色には見覚えがあった。
92:Z級:2012/10/08(月) 12:38:03.70 ID:45U1MmZF0
「ふわぁ……あれ、どうしました?」
僕の顔はよっぽど酷いものだったのだろう。
心は驚いたようで、目を丸くした。
僕は思わず彼女を抱き締めた。
胸のうえに居たから抱き締め辛かったのだが。
「あ、あの」
「気分、悪いんだよね?」
「……」
「体調、いつから悪いの?」
「……一週間ほど前から、です」
心は気まずそうに視線を知らしながら
白状した。
「僕のせいか」
「ど、どうしてそうなるんですか!」
「僕が君の世話を間違えたんだ」
「違います。それに、なんでそんなに悲しむんですか」
心は顔をほんの少し赤くして、眉を顰めた。
「最初の頃は鋏で切ろうとなんてしてたくせに」
「情が移ったんだ。君のせいだ」
「……」
「……」
「とにかく、あなたのせいじゃないですから」
心は拗ねたようにそう告げると、
ふん、と顔を背けた。
98:Z級:2012/10/08(月) 12:39:48.51 ID:45U1MmZF0
そのとき心に恋をしていることに気づいた。
99:Z級:2012/10/08(月) 12:40:20.57 ID:45U1MmZF0
いくら水を与えても、
いくら繊細に扱っても、
心の衰弱は止まらなかった。
肌の色は徐々に悪くなり、口数も減った。
「心さん、無事?」
「……無事ですよ」
黙れといってもきかなかった彼女が、
いつからか、僕から話しかけない限り
言葉を発しないようになった。
「生きてる?」
「……生きてますってば」
「僕はどうすればいい?」
「どうするとは?」
「僕は君に何が出来る?」
「何も望んでませんよ」
心はおかしそうに笑った。
必死な僕を見て笑ったのかもしれない。
その笑顔が前より弱々しくて
僕は切ない気持ちにさせられた。
101:Z級:2012/10/08(月) 12:41:46.86 ID:45U1MmZF0
眠っていることが多くなった。
うたた寝のような浅い眠りのようで、
僕が話しかければ応じる。
ただ、時々、
浮かされたような、
わけの分からないことを喋るようになった。
うわごとのようで、良くない兆候だ。
「私はね、本当は嫌だったんですよ」
「……」
「引越しだって嘘ついてたんです」
「……心さん」
「嘘ですよ嘘、全部嘘なんです」
「心さん」
「嘘吐いてる私が、ばれてほしいって思ってたんです」
「……心」
「笑えますよね」
よく分からないことを口走った後、
彼女はこてりと眠ってしまうのだ。
103:Z級:2012/10/08(月) 12:43:19.35 ID:45U1MmZF0
心が元気になるまで、
珍しく静かな彼女を見ていたいと思ったのだ。
少しでも長く……なんてことを考えたわけじゃない。
心は僕の胸に両手を広げ、精一杯しがみついている。
そして寝ている。
片耳を胸に押し当てるのが彼女の癖だった。
「ああ、分かりました」
ある日、珍しく心から口を開いた。
「分かったって?」
「私があなたの胸に生えてきた理由」
「へえ、聞かせてよ」
「聞きたいですか?」
「聞きたい」
「きっと、こうするためです」
「こうするって?」
心はより強く、僕の胸に頭を押し当てる。
「こうやって、あなたの鼓動を聞くためですよ」
「……」
「あなたの生を感じるために、私はここに生えたんです」
きっとそうに違いない、と
彼女は寝言のように呟いた。
105:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:44:03.53 ID:G8+WZ06/0
106:Z級:2012/10/08(月) 12:44:29.15 ID:45U1MmZF0
僕は心が眠っている間に、
一人暮らしをはじめてから一度も開けていない
ダンボールを開けて探る。
少し埃をかぶったアルバムが出てきた。
渋る僕に、母親が無理に持たせたものだ。
小学校の卒業文集兼アルバムだった。
幼い頃の自分の写真を見つけ、恥ずかしい気分になる。
同じクラスに、彼女の顔を見つけた。
初恋の相手だ。
似ている、と思ったのは気のせいではなく、
心とそっくりだった。
六年生の彼女が成長すれば、
きっと心のようになるだろう。
「どうして……」
他に写真はないか、
アルバムを捲っていると、
ページの間から何かが落ちた。
107:Z級:2012/10/08(月) 12:45:37.44 ID:45U1MmZF0
寄せ書きだった。
卒業の日、それぞれが記念に書いたものだ。
親しかった悪友達の汚い文に混ざって
控えめな、丸みのある文字を見つける。
また会おうね。
短い一文だけだったが、
その文章を見つけた瞬間、
断片的にだが、古い記憶を拾うことが出来た。
確か、彼女は卒業と同時に引っ越したのだ。
それで同じ地域の中学校にはいけなかった。
失恋に号泣した記憶がある。
幸い、卒業文集の後記に連絡先が記されていた。
僕はなけなしの勇気をかき集めて、
そこに電話をかけることにした。
109:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:46:59.53 ID:FkJn5goV0
113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:47:58.87 ID:5+CZiAhb0
114:Z級:2012/10/08(月) 12:48:21.77 ID:45U1MmZF0
心が起きるのを待つ。
彼女の肌はすっかりくすみ、灰色だ。
体も心なしか細くなっている。
元々細かったのに、細くなって、
生えてきた当初はエリンギのようだと思ったのに、
今ではシメジのようだと思ってしまう。
彼女がゆったりとした仕草で目を開ける。
僕は心と向き合った。
「心」
「……ぁあ、おはよう」
「起きたばかりで悪いけど、話がある」
「なんですか?」
「どうして嘘を吐いてるんだ?」
「嘘?」
「どうして、何も知らないようなふりを?」
「……何の話…か」
心は目を伏せて頭に手をやる。
同じだ。仕草も、表情も、彼女と。
どうして今まで気付かなかったのか、
不思議に思った。
117:Z級:2012/10/08(月) 12:49:49.18 ID:45U1MmZF0
「……」
「ごめん、だって、元気そうだったから」
「……」
「まさか」
心はふと微笑んだ。
「卒業後に君が死ぬだなんて、思わなかった」
「あなたは何も悪くないです」
か細い声で、笑ったまま、心は言った。
「でも、少し傷つきました」
「ごめん」
「私のこと、憶えてなかったんですから」
「懺悔とか言われても、分からないよ、普通」
後悔していることはないか?と聞かれていれば、
思い出したかもしれない。
「病気、だったんです」
「親御さんから、聞いた。末期だったって」
「私の希望で、転校ってことにしてもらいました」
「どうして?」
「どうしてって、みんなの悲しむ顔なんて」
「どうして僕の前に、こんな形で現れたの?」
「察してくださいよ。相変わらず、鈍いですね」
少し怒ったふりをして、心は胸を叩いた。
か細い腕が逆に折れそうで、心配になる。
118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:49:49.74 ID:erGluTr/0
119:Z級:2012/10/08(月) 12:50:29.05 ID:45U1MmZF0
「あなたの近くに居たかったんです」
どんな形であろうとも。と、
心は付け足してから照れくさそうに笑った。
なんだか僕も照れくさくなって、
こんな状況で、
こんな状態で、
大切なことを笑って言う彼女が愛しくて
泣いてしまった。
121:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:50:50.10 ID:FkJn5goV0
122:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:50:53.12 ID:WQCKtbt50
124: 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:15) :2012/10/08(月) 12:51:29.85 ID:ZQFW++tr0
127:Z級:2012/10/08(月) 12:52:14.76 ID:45U1MmZF0
「嘘かよ」
このタイミングでぶっちゃけるとは、
やはり彼女は、
僕の初恋の相手でもあり、
あの生意気な心でもあった。
できれば雰囲気ぶっこわしな嘘は、
墓場まで持っていってほしかった。
「私、若くして死んだんですよね」
「知ってる」
「だからですね、神様的なものにですね」
「神様的?」
「同情されたんです」
131:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:52:56.59 ID:G8+WZ06/0
132:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:54:13.62 ID:FkJn5goV0
133:Z級:2012/10/08(月) 12:54:16.67 ID:45U1MmZF0
「うん」
「好きな男はにぶちんで」
「……うん」
「私のけなげな思いに気づきもしない」
「……申し訳ない」
心は僕が謝罪するのを見て、笑った。
「復讐してやろう」
「うん?」
物騒なささやきだ。
彼女が死に際に聞いたその声は、
多分神様のものではなくて
悪魔的なもののささやきに違いない。
137:Z級:2012/10/08(月) 12:57:00.15 ID:45U1MmZF0
「何に?」
「あなたは見かけによらず、結構読書家でしたから」
「失礼な」
暗に馬鹿っぽいと言われているような気がした。
「私がこのまま大きくなれば」
「まさか……」
「あなたは栄養を吸い取られて、」
「君は栄養を吸い取って」
「関係は逆転してしまうわけです!!」
「うわぁ」
怖いと思ったけど、
女子高生の胸に生える生活というのも、
悪くはないかもしれない、なんて、
僕は思った。
反省した。
139:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 12:58:06.08 ID:JN+caROP0
144:Z級:2012/10/08(月) 13:02:32.83 ID:45U1MmZF0
「安心した」
「……彼岸花って知ってますか?」
「赤いやつだよね」
「アバウトですね」
赤くて、ばさばさしている花のはずだ。
「あれ、根っこが本体なんですよ」
「そうなんだー」
豆知識がひとつ増える。
「だからですね、仮に私が枯れたとしても」
「うん」
「きっと、多分、根っこが残ってます」
心臓に直結した部分は残っているのか、
僕はしばらくレントゲンはとれないな、と
覚悟する。
「あなたが私を忘れたら」
「うん」
「また生えてきて、今度こそ乗っ取ってやりますから」
本気で実行しそうで怖い。
「忘れないでいてくださいね」
「うん、約束する」
「約束してください」
心は満足げに笑い、
ふてぶてしく腕を組んだ。
145:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:03:25.98 ID:FkJn5goV0
147:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:03:50.74 ID:JN+caROP0
148:Z級:2012/10/08(月) 13:04:07.45 ID:45U1MmZF0
僕の胸に生えた不思議な小人は、
その日一杯、くだらない話や思い出話をして、
一生懸命笑って、
翌日になると、綺麗サッパリ消えていた。
凹凸のなくなった胸を撫でながら、
僕は初めて、喪失感を味わった。
胸の女子高生は消えてしまったけど、
僕はこれからも、
心を抱いて生きていく。
151:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:05:27.24 ID:FkJn5goV0
152:Z級:2012/10/08(月) 13:05:47.99 ID:45U1MmZF0
つたない文章でしたが、お付き合いしてくださった方、
どもどもありがとです。
レスうれしかったです。
ではまた、
ご縁があればよろしくお願いしますね。
153:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:06:01.05 ID:f3h4Idgb0
160:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:06:48.97 ID:erGluTr/0
よがった
165:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:08:07.98 ID:TUn7RKGfO
176:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:37:27.21 ID:HLteNSlr0
いいものを読んだ
173: 忍法帖【Lv=6,xxxP】(1+0:15) :2012/10/08(月) 13:20:36.66 ID:mhGQrzls0
171:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/08(月) 13:16:53.54 ID:+/Z8IeKs0
引用元:起きたら胸から女子高生が生えていた。
美鳥の日々やん
返信削除うん、まぁ美鳥の日々だけど……
返信削除こっちの展開が一般的、かなぁって思う。